前回の記事はもう長いことブログを再開したら書こうと決めていたのだけれど、書いたり遂行したりし2011 sapporo 034ているうちに「俺は中田先生のことを書いて何が言いたいのだろう。中田先生のことを知らない人に何の意味があるのだろう」とか考えて(僕は優柔不断なせいなのか、長いこと「やろう」と思っていたことをいざやり始めた時には、何故それをやるべきなのかわからなくなっている、と言うことがときどきあります)一瞬消そうかとも思った。けれど、昔の知り合いから反響があって取りあえず良かった。(′∀`)
もともと彼の件ではもう一つ記事を書こうと思っていたのだけれど、前回結構大事な件が抜けていたので・・・

先生は機嫌が悪いと無言になって掃除を始めると言う癖がありました。(因み後年、トーベ・ヤンソンのムーミンの原作を読んでいたら、そこにも怒ると無言で掃除を始めるキャラがいて、「中田先生はムーミン谷から来たのか!」と思ったことがありました。)美術部の部室は長ひょろくて、手前3分の2が美術の授業で使う、また美術部員が製作するスペース、後ろの3分の一に先生の書斎机、部員の画材、備品などが置かれていました。
先生が機嫌が悪い時は、だいたい自分の机の周りを掃除しているのですが、そんなときは手前の制作スペースに居ても時々奥から箒か何かがどこかにぶつかるドガッ(印象派の巨匠とは関係が無い)バゴッと衝撃音が響いてきて、そのたび、部員たちはビクビクッとしたものでした。

もっとも、そんな場面に出くわしたことは幸いにしてそう何度も無いのですが、一度、本当に

これはヤバイ
と言うことがありました。
放課後、僕が美術室に行くと他の部員は誰もいなくて。奥の部屋に行くと先生が無言で掃除をしている。いや、それだけでは無く、僕はそこのスペースがかなりスッキリしているのを見てかなり深刻な状況がさし様っているのを理解しました。

(写真は先生の教え子の出世頭阿智氏が運営している野外彫刻展を訪れた時のもの。今回のエントリーの内容と相まって「怖い人」と言う印象を受ける人もいるかもしれませんが、誤解です。他に適当なのが無かったので)





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